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手わたしバナナくらぶニュース

2015年7月+8月No.231 受け継がれる伝統と知恵、エコシュリンプへのこだわり

稚エビのゆりかごイプアン
231 特集(3)

先週放流した稚エビの成長具合をチェックするイルルさん

3月のとある日、エコシュリンプ生産者のイルルさんは稚エビの放流のために、朝早く養殖池のひとつに出かけました。手配した稚エビがすでに届いていました。「まずは稚エビが肝心。元気な稚エビを見分ける方法はこうだよ!」と、洗面器に稚エビを入れて中の水をかき回し始めます。「水の流れに逆らって一生懸命泳いでいる稚エビが元気な証拠なんだよ」「シドアルジョでは、昔からイプアンという種苗池を使っているんだ。特に雨季など池の水の塩分濃度が低くなるときには、イプアンは稚エビにとって大事なんだ」とイルルさん。

イプアンに稚エビを運ぶ

イプアンに稚エビを運ぶ

イプアン(種苗池)とは、養殖池の中に土手で小さな池をつくり、塩分濃度の高い水を溜めたものです。ブラックタイガーは海の沖合で産卵し、稚エビは沿岸の汽水地域に移動して育つ性質を持つため、稚エビの孵化場でも成長段階に応じて塩分濃度を下げていきます。そしてさらに塩分濃度の低い養殖池の水(汽水)に慣らすためにイプアンが使われるのです。「稚エビをまずイプアンに放して半日後くらいに、土手を崩して稚エビを養殖池に放すんだ。稚エビを塩分濃度の低い汽水に慣らすための手法だよ」。このように、生産者のこだわりのひとつは、塩分濃度の調整です。海水と淡水の割合、そして降雨量も塩分濃度に影響します。

粗放養殖エビの生産サイクルは年4回
231 特集(2)

イルルさん

イルルさんの池では、1年に4回稚エビを放流しています。毎年11月の収獲の後には、1ヵ月にわたる長い池干しをして、12月の稚エビの放流が1年のスタートとなります。放流した稚エビは約3ヵ月で収獲できる大きさに育つため、3月、6月、9月、そして11月に収獲11月に収獲をするサイクルです。

粗放養殖では、エビの餌に人工飼料は使いません。水中に発生するプランクトンや池に共存している小さな虫などを食べて育ちます。元々養殖していたバンデン(ミルクフィッシュ)と呼ばれる魚もエビと共存しています。また、粗放養殖池は、集約型養殖池に比べて広々としています。エビは、悠々と泳ぎまわりながら健康に育つので、抗生物質を使う必要もありません。

抜群の美味しさをキープする縁の下の力持ち

生産者が粗放養殖で大事に育てたエビは収獲後、専用箱に氷詰めされ、オルター・トレード・インドネシア社(ATINA)の冷凍加工場まで運ばれます。一般的にエビの冷凍加工で使われる保水剤、黒変防止剤や酸化防止剤など薬品は、ATINAの工場では使用されません。こうしたこだわりをもった加工によって、粗放養殖エビが加工されて「エコシュリンプ」となります。

「自然の勘」を頼りに

イルルさんの養殖池がある東ジャワ州シドアルジョ県の沿岸部は、海水が勢いよく入り込むために、内陸部でも汽水池をつくりやすい地形を利用して、300年以上前からバンデンの養殖が続いてきたと言われています。1980年代初めに、州政府によって集約型養殖エビが儲かる産業として紹介されましたが、長年自然との調和と「自然の勘」を頼りとしてやってきた養殖生産者には、工業的な生産形態の集約型養殖は受け入れられず、伝統的な技と知恵をいかしたエビの粗放養殖が始まった地域なのです。

取材:津留歴子(つる・あきこ/ATJ現地駐在)、編集:ATJ政策室