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手わたしバナナくらぶニュース

2011年7月+8月No.207 カネシゲファーム・ルーラルキャンパスで 若者たちが出会った

2011年2月と4月、山梨県にある白州郷牧場のスタッフと研修生たちが、フィリピンの若者たちのための農民学校であるカネシゲファーム・ルーラルキャンパス(KF-RC)を訪れました。日本とフィリピン、日々それぞれ農業に勤しむ同世代の若者たちが、共に過ごした時間から感じたことはどんなことだったでしょうか……。

白州郷牧場 内藤光

まさかヤギに起こされるとは思わなかった。カネシゲファーム・ルーラルキャンパス(KF-RC)での朝のことだ。前の晩に遅くまでラム酒を飲んでいたので、ぎりぎりの時間まで寝ているつもりだったのだが、ヤギたちはそんなことお構いなしに壁一枚を隔てたところでメェ~メェ~と鳴いている。カネシゲの朝はとにかくにぎやかで驚いた。
KF-RCの牧歌的風景からは想像もできないが、ネグロス農民の歴史は重くて暗い。スペインに植民地化されて以来、農地のほとんどは輸出用砂糖キビ栽培にあてられてきた。今もなお、ネグロス島の農地は完全に解放されたわけではないのだが、徐々に農民のものとなりつつある。しかし時代の流れなのだろうか、農業に関心を向ける人の数はそう多くはない。ネグロス島の州都、バコロドには大型ショッピングモールが次々と建てられ、米国のコーヒーショップや日本車の販売店がそこかしこに軒を連ねている。人びとの関心は、農村よりも都市に、生産よりも消費に向けられている。若い世代にとって、畑であくせく働くなんて「時代遅れ」であり、「貧しい」ことなのだ。
しかし、「豊かさ」も「貧しさ」もそんなに単純なものではないと私は思う。少なくとも、商品の洪水の中に身を浸して生きることが、「豊か」だとは絶対に思えない。日本では当たり前のトラクターや管理機といった農業機械は、KF-RCにはない。しかしそこにいる人びとは、「無いものねだり」をすることもなく、そこにある自然の力をうまく利用しながら生きている。豚舎からでた糞尿は畑の肥料になるだけではない。それを発酵させるプロセスで出るメタンガスは、調理用のガスコンロの燃料として利用されている。KF-RCにはこうした自然の力を利用した技術があちこちにある。
ここにきて痛感させられたのは、お金がなければ「豊か」になれないのではなく、私たちはすでに自然から多くの恵みを受け取っている、という当たり前の事実である。そのことにちゃんと気がつけていないだけなのだ。近い将来、KF-RCの研修生たちこそが新しい「豊かさ」のモデルとなるに違いない。そのとき、彼らの両親が勝ちとった大地は、もっともっと肥沃になっているはずだ。

KF-RCの研修生たちから (フィリピン担当デスク・大橋成子インタビュー)

KF-RCの研修生たちの頭の中には日本=先進国というイメージがあり、先進国で農業をやる人が、なぜわざわざKF-RCまで来るのだろう……と思っていたという。養豚を担当するジョネルくんは、生まれた子豚の去勢を白州郷牧場の仲間たちにやってみせた。簡単なかみそりで切り落とすのだが、あまりにも原始的なそのやり方に白州郷牧場の面々はみなびっくり! 一方ジョネルくんも日本ではこのやり方は知られてないのかもと驚きつつも、自分に自信がついたそうだ。野菜を担当するスタッフのカルロスさんや研修生レネーくんは、カラバオ(水牛)を使って土を耕す方法を教えた。日本側はトラクターや管理機もないことに再び驚き、日本ではそうした大きな設備を導入することで多くの農民が借金漬けにあるという事実を語った。そしてカラバオのいる風景はとても美しい……と話したことが、ネグロス側が自分たちの価値観を取り戻し、そのよさを再認識することにつながったようだ。
また、「収穫するときが一番幸せで、売るときもまた幸せ」という唯一の女性参加者の裕美さんの言葉に、KF-RCの研修生たちは新鮮な驚きを覚えたという。これまで「農業はおもしろい」と思うことはあっても「幸せ」にはつながらなかった。やはり農業に対するマイナスなイメージが払拭しきれない。しかし、裕美さんのように若い女性が農業に励む姿や、脱サラや海外留学の後に農業をしている白州の仲間たちの話を聞き、目からウロコが落ちる思いだったようだ。
これまで、KF-RCには様々な国からたくさんの訪問客があったが、同世代、しかも農業をやっている人たちが来るのは初めてのこと。それが研修生たちにはとてもうれしかったらしく、この交流を続けたいというのがみんなの願いだ。一緒に土を触りながら汗を流し、想いを語り合うということが、若者たちの中の何かに響くのだろう。